★洋間(外観と引違いの開口、天井、内壁、床)
隣の室との境では、出入口すら引き違いになってしまっていました。
さらに、アルミサッシュの内側に使われる引違いの障子は、しばしば日本の洋間に登場する意匠です。
これは、角柱、畳の敷き詰などとともに平安時代に生まれた明障子に基づくもので、天井や壁が日本風にされている洋間だからこそ違和感なく使用されるのでしょう。
こうした内部意匠の日本風は、二室つづきであった和風の座敷が洋風になったと理解すれば納得できるかもしれません。
そして、面白いことには、洋間の大きさを畳の帖数で見当をつけるということが私達の日常の行為となっています。
つまり、私達の意識に色濃く影を落としているのは、畳敷詰の文化であり隅洋間の平面からただちに畳の数を読み取ってしまうという特技に支えられた洋間を現代に実現している特殊な住宅と見てもいいでしょう。
★洋間(外観と引違いの開口、天井、内壁、床)
【西洋作法室の内部】
板またはアコースティックボードの打ち上げ天井。
ボード貼りまたは板やプラスターの大壁。
引違いの窓。
靴を脱いでの使用に対応する板の貼詰または敷き込まれたじゅうたん。
ここには、西洋に近づこうとしたあのいじらしさを見出すことがほとんどできません。
強いて探すならば、出入口のドアは、明治期の「たちまち闊(ドア)の啓(あ)くと見れば」の面影を伝えていることになります。
★洋間(外観と引違いの開口、天井、内壁、床)
千葉県立東金高等女学校には、作法を学ぶためのネオゴシックの西洋作法室と畳敷きと縁側の日本作法室と茶室が連なって現存しているのです。
コーヒーでのもてなしを実習した西洋作法室の内部は、ベイウインドーに上げ下げの建具、ステンドグラスの入った欄間、亀甲模様のリノリュウムを敷いた床、木の柱型とプラスターの壁、色付きプラスターの円形モールと白プラスターの周辺部に塗られた天井といった当時の洋風モデルルームの仕上げになっていました。
現代住宅の洋間の内部は、こうした洋風のたたずまいよりもはるかに日本風に近いものです。
★洋間(外観と引違いの開口、天井、内壁、床)
洋間と和室の混合した住宅が小説などにあらわれる早い例は、尾崎紅葉の「金色夜叉」で、その後編に
「......にはかに燈炉を調ぜしめて、彼は西洋間に徒りぬ。尽く窓帷を引きたる十畳の間は寸隙もあらず裏まれて......緋の紋椴子張の楽椅子に尭りて......その美き目をば唯白く坦なる天井に注ぎたり」とあります。
このプラスター塗りの天井の洋間は、コニャック入のコーピーを飲む場所で、椅子やテーブルも用意されていました。
ところが配達された寄鍋は、「長火鉢の相対に限るんさ」となり、南縁の障子と福寿草の置かれた袋棚が目立つ和室でとったと書かれています。
★洋間(外観と引違いの開口、天井、内壁、床)
和館に接した洋間や洋館は、スレートや鉄板または瓦の棟を違えた屋根、塗り込められた軒裏、モルタルや下見板の大壁、または塗られた柱が目立つハーフテンバリングの壁、腰の高さから上の窓またはベイウインドー、両開きや上げ下げの建具などが洋風を示していました。
ところが、最近の住宅の洋間と和室は、外観では区別できません。
普通の住宅は、同じ材料の屋根、軒裏の塗り込め、モルタルを主とした大壁、引違いまたは引込みのサッシュとこれに付け加えられた雨戸と戸袋などの繰り返しになっています。
この結果、洋間の外側にも、和室の外側と同じようなサッシュや雨戸と戸袋という日本風の表現が目立つようになってきました。